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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7573号 判決 1958年12月24日

原告 川口安久

右代理人弁護士 大政満

外一名

被告 戸枝銀蔵

右代理人弁護士 柴田武

外三名

主文

被告は原告に対し金二八一八円二〇銭の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

本判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告がその所有の本件土地を被告に対し昭和二一年八月二三日木造建物所有の目的で、賃料一ヶ月金九〇円九七銭毎月末日払期間昭和二三年九月分より一ヶ月金一八一円九五銭、昭和三〇年一月分より金一、三八六円に値上げされたことおよび原告主張の契約解除の通知書が、その主張の日時に被告に到達したことは当事者間に争がない。

原告本人の供述によれば、右賃料は持参払の約定であつたが、被告が弁済期に履行をしなかつた為、原告において取立をしたことがあるに過ぎないこと、被告が賃料の支払を二回怠つたときは原告は催告を要せず賃貸借契約を解除し得る旨の特約のあつたことが認められ、右認定に反する被告本人の供述は措信しない。他に、右認定を左右するに足る反証は存しない。従つて、賃料が取立債務であること及び一(五)の特約の存しないことを前提とする被告の所論はすべて排斥を免れない。

被告主張の(一)の抗弁事実はこれを認めるに足る証拠がない。

次に、(二)の抗弁につき判断するに、原告が被告を相手方として墨田簡易裁判所に被告主張の日時に、その主張の調停申立をなし、その期日が被告主張のように順次指定されたことは当事者間に争がない。

按ずるに、地代増額を求める調停の申立があつたときは、その申立書が相手方に送達せられると同時に、客観的に相当の額まで増額の効果が発生するのであるが、その額は調停の成立するまでは判明しないところから、賃借人としては、値上額の決定するまでは従前の約定賃料額の割合で支払をなし、他日、その値上額が決定したとき既払額との差額を決済するのも一つの方法であろう。

被告は調停において賃料額が協定されるのをまつてその支払をするという了解が原被告間に成立したと主張するけれども、これを認めるに足る証拠は存しない。

ところで、調停進行中、(特に申立人の値上請求額が従前の賃料に比べ著しく多額であるときには)賃借人において従前の賃料額を提供しても、受領を拒絶されることが十分予想せられるところであるが、さりとて、口頭の提供をした上供託するという挙に出ることは相手方を硬化せしめ、ひいては調停を不調に導くおそれがあるとこれを避けようとする傾向が一般的であるので賃貸人が値上額の決定するまでは従前の額を支払うよう請求する場合等の外は値上額につき協定の成立するのを待つてその額により一括して決済するのが通常の事例であるといわなければならない。従つて、賃借人が賃料値上の調停の成否が決するまで約定賃料の支払を差控えたとしても、これに債務不履行の責を負わしめるのは信義則上酷に失するものといわなければならない。

これを本件につき見るに、前記調停においては、申立人たる原告は本件土地の賃料を従前賃料の約六倍の一ヶ月七、二七八円に値上する旨を求めたこと原告本人の供述により明かであるから、被告が従前の賃料を提供しても拒絶せられる見込は十分であるというべきである。そして、被告が昭和三一年六月及び七月分の賃料を延滞したとして、原告において同年八月一日に賃貸借契約解除の意思表示をしたこと、しかし、当時調停はなお続行中であつて次回調停期日は同年八月三日と指定されていたのにその期日の到来前に右の解除のなされたこと前記のとおりである。

以上のような事実関係の下で、被告が二ヵ月分の賃料につき提供及び供託の手続をふまず、調停の帰結如何を待つ為その履行期を徒過したとしても、(被告本人は昭和三一年七月中旬頃同年六月及び七月分の賃料を原告に提供したが受領を拒絶されたと供述するけれども、右は措信しない。他に、この事実を認めるに足る証拠はない。)これを以て前記特約による解除原因に当ると解することは信義則上許されないものと断じなければならない。

従つて、原告の前記解除の意思表示はその効力を生ずるに由なく、解除を前提とする建物収去土地明渡並に昭和三一年八月二日より右土地明渡済までの損害金の請求部分は失当として排斥を免れない。

次に、原告は昭和三一年六月一日より同年八月一日までの延滞賃料を請求するのに対し被告は支払済であると抗弁するのでこの点につき判断する。成立に争のない乙第六号証、第七号証の一によれば、被告が昭和三一年八月三日、同年六、七月分を同年八月二八日、同年八月分を東京法務局に供託したことが認められるけれども、六、七月分については供託前に提供のなかつたこと前認定のとおりであり、八月分についてこの手続のなされたことを認めるに足る証拠がないから、被告は右債務を免れるに由なく、この部分の原告の請求は正当として認容すべきである。

よつて、民訴法第九二条但書第一九六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男)

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